2018年7月30日月曜日

レディ・ジョーカー

本来、人を傷つけて得た果実がどんなものであるかは、それを得た人間の言うことであって、いまだ何も手にしていない人間に逡巡する理由はない。とすれば、どんな一歩も踏み出せずにいる時分に欠けているのは、素質や能力ではなく、欲望そのものではないのか。


いまだ手にしていない果実への欲望。
否、果実そのものではなく、それを手にする所有の欲望。
否、所有のために人を叩き落とす欲望。

2018年7月20日金曜日

レディ・ジョーカー

よく鍛練されており、規律に馴染み、柔軟な適応力もある。しかしまた、個人の思考力や判断力も備えているため、埋没を要求する組織の中では少し難しい場面もある


組織の要求は方程式の解を求めるようにはゆかないし、個人の意思や能力以前に、相手の諸条件もある


侏儒の分裂を自身の身に引き受ける忍耐はあっても、結局この鵺のような人間社会を泳いでゆくだけの欲望を欠いている


私を見よ
余りに欲望の糸を張りめぐらせ過ぎて、身動きが取れなくなってはいるが、ともかくまだこうして生き残っている私を見よ


組織で生きる以上、欲望の戦略をもたない者は自分を肯定するすべがないのだ。そして存在の肯定がないところには、理も正義もないのだ

2018年7月10日火曜日

レディ・ジョーカー

誰も飢えていないところへ流れるニュースに、痛みは伴わない


旗を振るような人類共通の関心事などこの世にはなく、
全人類を包括するような万能の思想も体制もない


あるのは、
人間の小さな群れとそれぞれの生活と、
どうでもいいシステムと、
物を作って消費する自動運動だけだ


そうして、地震のひと揺れで六千人が死んだ日も、
地下鉄に撒かれた毒ガスで五千人が死傷した日も、
この多摩提はジョギングやテニスを楽しむ人で溢れていたのだが、


この穏やかな無意識に自らを沈めるなと言うならば、
一人一人の個人はかなり孤独な精神の独り相撲を強いられる