2016年12月30日金曜日

私が殺した少女

若者たちが必ずしも常識ある行動を取れないわけではないのだ。常識ある行動を取るべく心懸け、努力し、決心している場合さえあるのだ。だが年寄りの時間は少しだけ早く回っているので、彼らにはいつも時間が足りなかった。

2016年12月20日火曜日

私を殺した少女

非難を受けることには慣れているが、正当な非難を受けることには慣れていなかった。

2016年12月10日土曜日

私が殺した少女

人間のすることはすべて間違っていると考えるほうがいい。すべて間違っているが、せめて恕される間違いを選ぼうとする努力はあっていい

2016年11月30日水曜日

私が殺した少女

眼の高さが変われば、何もかも違ったように見えてくるのは確かだが、必ずしも違うものを見ているわけではないのだった。

2016年11月20日日曜日

ホンネの投資教室

多額の報酬を得るために必要なのは、やる気と欲望であって、能力や優越性ではない

2016年11月10日木曜日

弥勒世

荒れ狂う憎しみの中で、おれは唯一絶対の存在だった。絶対者は他を慮る必要がない。憎しみの王国の中でただひたすらに呪詛をまき散らしていればいい。しかし、現実の世界でおれは余りにも非力だ。裡なる憎悪を飼いならさなければ、生きていくこともままならない。

2016年10月20日木曜日

雷電本紀

「・・・・・・どうした。眠れんのか」
「もう眠らん。やっと目がさめた」

2016年10月10日月曜日

雷電本紀

とにもかくにも、お互い、譲れぬところを定めて、一心に努めてきたから、またこうして会えた。たいてい、人は再び見えることはあっても、会うことはかなわぬ。譲るところばかりが多いものは別人になってしまっている。ほとんどの者がそうだ。人さえ人の身に着かぬ。

黄金旅風

何らの後ろめたさも持たないもの特有の、どんな結果でも受け入れるといった静かな力

2016年9月20日火曜日

ローマ人の物語Ⅴ ユリウス・カエサル ルビコン以後

信頼とは、もしかしたら盲従でしかないかもしれない。

2016年9月10日土曜日

ローマ人の物語Ⅴ ユリウス・カエサル ルビコン以後

憎悪や怨念や復讐欲は、軽蔑に席をゆずる

2016年8月20日土曜日

ローマ人の物語Ⅱ ハンニバル戦記

他のことはまかせるが、武器で決することに関しては自分にまかせてもらいたい。
いつ、どこで、どのように武器を使うかは、この私が決める。

2016年8月10日水曜日

だから荒野

逃げ回れば、どこまでも荒野が続く。
そろそろ戻って、荒野を沃野にかえる努力をしなければならない。

2016年7月20日水曜日

だから荒野

「ほら、自分探しとかさ」
「また言ってる。やめてよ。自分なんて、とうにわかってるわよ」
「そうね。あたしたちはいくら自分を探しても、女でしかないんだからさ」

2016年7月10日日曜日

黄金旅風

微力であることを認める謙虚さと、最善を尽くし最後まで諦めない精神こそが、海の神々に認められる唯一の方法である

2016年6月20日月曜日

楽力向上委員会

「挑戦は若者の特権だ」などとよく言われる。
本当にそうか。
一人前になる努力で精一杯な若者に
人生を賭した主体的意味での挑戦ができるか。

オヤジにとっての挑戦は
「不退転の覚悟」をもった
勇敢な意思を持つものだけの権利である。

2016年4月20日水曜日

ローマ人の物語Ⅱ ハンニバル戦記

年齢が、頑固にするのではない。成功が頑固にする。

2016年4月10日日曜日

ローマ人の物語Ⅰローマは一日にして成らず

戦略は、政略でもあるのだ。

いや、政略でなければならないのだ。

2016年3月20日日曜日

黒龍の柩

副長は、死ぬ気はないが、投降もしない、ということなのでしょう

皮肉か。それとも、嗤っているのか?

まさか。感動しているだけです。絶対に両立しないことを、両立させようとしておられます。

2016年3月10日木曜日

黒龍の柩

夢はともに抱けても、墓はひとりだけのものです

2016年2月20日土曜日

55歳からのハローライフ

おれたちは、お互いに、もっとも大切なことを話さなかった。本当に大切なことは、本当に大切な人にしか話せない。

2016年2月10日水曜日

55歳からのハローライフ

美しいことが必ずしも幸福に結びつくわけじゃない

2016年1月20日水曜日

55歳からのハローライフ

人生でもっとも恐ろしいのは、後悔とともに生きることだ。孤独ではない。

2016年1月10日日曜日

55歳からのハローライフ

どんなに才能やお金があっても、人生って、何でもかんでも思うとおりにいくわけじゃないですよ。仕事でも生活でも、他人というか、相手がいますからね。他人はロボットじゃないですから、そこでまず思うとおりに振る舞うのは無理だと思うんですね。
ただ、自分はどんな人生を生きようとしているのかと考えている人と、まったく考えない人だと、ずいぶん違うんじゃないでしょうか