2010年8月31日火曜日

告白

本当の本当の本当のところの自分の思いを自分の心の奥底に探った。曠野であった。なんらの言葉もなかった。なんらの思いもなかった。なにひとつ出てこなかった。ただ涙があふれるばかりだった。熊太郎の口から息のような声が洩れた。「あかんかった」

2010年8月30日月曜日

告白

俺は生きている間に神さんに向かって本当のことを言って死にたい、ただそれだけなのだ。

2010年8月25日水曜日

告白

熊太郎は空に向かい、涙を流して言った。「すんません。全部嘘でした」そういうと熊太郎は右足に力を入れ、胸に銃口をあて、左足指を引き金にかけ、「南無阿弥陀仏」と唱えた。しかし熊太郎は引き金を引かなかった。暫くの間、熊太郎はそのままじっとしていたが、やがて引き金から足を離して呟いた。「まだ、ほんまのこと言うてへん気がする」熊太郎は思った。俺はこの期に及んでまだ嘘を言っている。というのは頭のどこかで悔悟して、本当のことさえ言って死ねば魂は救われるかも知れないと期待している心があるからだ。

2010年8月20日金曜日

告白

我一人ちゅてみなが好き勝手にいのいたらどないなるかくらいアホでもわかる理屈ゃろ。それをばなんやこいつら。わがの都合であっちいたりこっちいたり好き放題さらしゃがって、ほいで俺はアホ扱いや。俺はなあ、ちゅうか、俺がなんで牛、水にはめたかわあってんのか。俺が鈍くさいからちゃうど。俺はなあ、もっと全体のこと考えとったんや、全体のこと。それをおまえあいつが後先考えんとぐんぐんようじょこ場入ってくるさかいこんなことなんにゃんけ。そのくせえで、おどれはいっこもどきゃがらんと俺にどけちゅいよんにゃ。なんでやねん。おまえが後さがったら済むこっちゃが。それをちょっともどきゃがらんと、ほいで俺は牛、みずにはめたんやんけ。あのまま俺がようじょこ場におったらどうなってた。誰もようじょこ場に入られへん。それ考えて俺は牛をいのかしてそれで水にはめたんや。言うたら俺は犠牲者やんけ。それをみなでおもろがってわあわあぬかしゃがって、俺はその心底を憎む。

2010年8月15日日曜日

告白

といって熊太郎は不真面目だったわけではなく、熊太郎もできれば真面目にやりたかった。しかし脇目も振らず真面目にやることが果たして真面目なのかと熊太郎は真面目に思った。

2010年8月10日火曜日

好奇心

おもしろき こともなき世を おもしろく

高杉晋作 辞世の句。生き様と一致していて。司馬遼太郎の世に棲む日日のタイトルのもと。魅力は論理的な明晰さと突き抜けた遊びごころが高度に融合しているところ。プライドと自己否定を(すごいレベルで)解決して飲み込んで行動に結びつけてしまうところ。高杉が死んだ年をもうすぐ超えてしまう自分がいる

2010年8月5日木曜日

疲れない方法

人が疲れるのはやり残したことがあるからだ 

ホワイトカラーが疲れるなんてことはありえない デール・カーネギー。やり残したことがストレスとなって疲れるらしい。疲れないためにはしこたま働いて、やり残しをなくして達成感にまみれて一日を終えるしかないらしい。。