2010年12月30日木曜日

渋谷ルシファー

「なぜ、映子がステージに立てるか?それはあなたが選ばれた人だからよ」
朝子は映子の背後の椅子に音たてて腰をおろした。抑えた声で言った。
「責任をとりなさい」
選ばれたということは、責任もある。それは映子にとっては新しい考え方だった。責任なら、とってみせる。

2010年12月25日土曜日

渋谷ルシファー

俺は・・・女房とのやりとりを、すべて電話ですましてきたような気がする

2010年12月15日水曜日

渋谷ルシファー

誰にでもってわけじゃないが、ブルースは憑くんだ
どんな人に憑くの?
孤独な人間に
そうしたら全人類に憑いちゃうんじゃない?
ところが、自分が孤独であることに気づいてない幸せな奴がいるのさ

2010年12月10日金曜日

渋谷ルシファー

ほんとうに淋しくて、朝フトンからおきられないようならさ、死んだほうがいいのよ

2010年11月30日火曜日

合併を成功に導くポイント

明確な経営ビジョン
一気呵成
企業文化統合
全員参加による討議
人事制度
リーダーシップ

2010年11月25日木曜日

存在の耐え難きサルサ

風景が何もなくたって面白くするし、プリンシプル持って悶えながら風景を見てるとか、そういうのがあるじゃない。才能ってそういうことだと思うんだよ。

2010年11月20日土曜日

映画とモダニズム

わかったような気もするけど、まだ何かあるんじゃないか、どうしてもあきらめきれないから、もうちょっと頑張ってみよう、と、そういう欲望をやっぱり才能と呼ぶ

2010年11月15日月曜日

映画とモダニズム

偉大なモダニズムは終わったということは事実なんだからしようがないんだけど、そうかといって、そこで我々の世代はシニカルに斜に構えるしかないとも言ってられない。

2010年11月10日水曜日

新宿鮫Ⅱ 毒猿

総じて、日本のヤクザは、頭がよく、組織もしっかりしているが、戦闘を甘く見る傾向がある。

2010年11月5日金曜日

煤煙

理屈で説明できないってことは、要するに世の中に通用しないってことだ

2010年10月30日土曜日

煤煙

のうのうと生きているやつの人生は、何度か毀した。自分が持った、家庭というやつも、毀した。そのくせ、私自身は毀れはしないのだった。

2010年10月25日月曜日

煤煙

話し合いは威し文句を先に吐いた方が、いずれ劣勢になる。

2010年10月20日水曜日

破軍の星

やらねばならぬ戦に、命を賭けることは毛ほどもいといません。やらねばならぬ戦が何かをお考えになるのが、殿の使命です。

2010年10月15日金曜日

愛と幻想のファシズム

「あいつは自分を評価して貰いたがるだろう?異常に誉められたがるんだ」
「自信を得るべき時に、得ていないんだ」

2010年10月10日日曜日

愛と幻想のファシズム

俺には不思議な自覚がある。絶対に挫折や失敗をしないという自覚だ。

2010年10月5日火曜日

愛と幻想のファシズム

快楽は自慢など必要としないから快楽なのだ。

2010年9月25日土曜日

スノーバムオンザロード

いつもどっかに、雪は降ってんだ!待ってんだ!だから天気図なんて信じんな!おまえが書け!お前が天気図を書け!巨大な低気圧で、この国を埋め尽くせ!

2010年9月20日月曜日

バースト・ゾーン -爆裂地区-

ウジャウジャと群れ、絶えず自分勝手な意味を捏造する人間に溢れたこんな国で、この先もずっと生きていかなければならないと思うとゾッとした。

2010年9月15日水曜日

バースト・ゾーン -爆裂地区-

何を言われても怒りの感情を抑える事が洋子に対する「愛」だと勘違いし続けている。

2010年9月10日金曜日

バースト・ゾーン -爆裂地区-

女は小さな物語をもとめ、男はより巨大な物語を求める。両者が一致する事は、有り得ないのかもしれない。

2010年9月5日日曜日

バースト・ゾーン -爆裂地区-

端から見るとゴミ同然の物を、自分勝手に宝とみなして信仰してよいのだ、僕は知った。

2010年8月31日火曜日

告白

本当の本当の本当のところの自分の思いを自分の心の奥底に探った。曠野であった。なんらの言葉もなかった。なんらの思いもなかった。なにひとつ出てこなかった。ただ涙があふれるばかりだった。熊太郎の口から息のような声が洩れた。「あかんかった」

2010年8月30日月曜日

告白

俺は生きている間に神さんに向かって本当のことを言って死にたい、ただそれだけなのだ。

2010年8月25日水曜日

告白

熊太郎は空に向かい、涙を流して言った。「すんません。全部嘘でした」そういうと熊太郎は右足に力を入れ、胸に銃口をあて、左足指を引き金にかけ、「南無阿弥陀仏」と唱えた。しかし熊太郎は引き金を引かなかった。暫くの間、熊太郎はそのままじっとしていたが、やがて引き金から足を離して呟いた。「まだ、ほんまのこと言うてへん気がする」熊太郎は思った。俺はこの期に及んでまだ嘘を言っている。というのは頭のどこかで悔悟して、本当のことさえ言って死ねば魂は救われるかも知れないと期待している心があるからだ。

2010年8月20日金曜日

告白

我一人ちゅてみなが好き勝手にいのいたらどないなるかくらいアホでもわかる理屈ゃろ。それをばなんやこいつら。わがの都合であっちいたりこっちいたり好き放題さらしゃがって、ほいで俺はアホ扱いや。俺はなあ、ちゅうか、俺がなんで牛、水にはめたかわあってんのか。俺が鈍くさいからちゃうど。俺はなあ、もっと全体のこと考えとったんや、全体のこと。それをおまえあいつが後先考えんとぐんぐんようじょこ場入ってくるさかいこんなことなんにゃんけ。そのくせえで、おどれはいっこもどきゃがらんと俺にどけちゅいよんにゃ。なんでやねん。おまえが後さがったら済むこっちゃが。それをちょっともどきゃがらんと、ほいで俺は牛、みずにはめたんやんけ。あのまま俺がようじょこ場におったらどうなってた。誰もようじょこ場に入られへん。それ考えて俺は牛をいのかしてそれで水にはめたんや。言うたら俺は犠牲者やんけ。それをみなでおもろがってわあわあぬかしゃがって、俺はその心底を憎む。

2010年8月15日日曜日

告白

といって熊太郎は不真面目だったわけではなく、熊太郎もできれば真面目にやりたかった。しかし脇目も振らず真面目にやることが果たして真面目なのかと熊太郎は真面目に思った。

2010年8月10日火曜日

好奇心

おもしろき こともなき世を おもしろく

高杉晋作 辞世の句。生き様と一致していて。司馬遼太郎の世に棲む日日のタイトルのもと。魅力は論理的な明晰さと突き抜けた遊びごころが高度に融合しているところ。プライドと自己否定を(すごいレベルで)解決して飲み込んで行動に結びつけてしまうところ。高杉が死んだ年をもうすぐ超えてしまう自分がいる

2010年8月5日木曜日

疲れない方法

人が疲れるのはやり残したことがあるからだ 

ホワイトカラーが疲れるなんてことはありえない デール・カーネギー。やり残したことがストレスとなって疲れるらしい。疲れないためにはしこたま働いて、やり残しをなくして達成感にまみれて一日を終えるしかないらしい。。

2010年7月30日金曜日

五分後の世界

・・・良く耐えているなと自分のことを思い、辛いときにいつもやるゲームを始めた。もっとひどかった状況を思い出して見る、というゲームだ。これよりひどいことは数え切れないほど経験しているぞ、と小田桐は息を吹きかけて温めた手で腰を力を込めてこすりながら小さく一人で呟いた。そうだ、今なのはまだいい方だぜ、そう呟くと、いつも少しだけ元気になれるのだった。

2010年7月25日日曜日

エンジョイ

(悔しそうに) 今、俺エンジョイしてないなぁ。

深夜番組「サンクチュアリ」にて。得意のタップダンスを見せてくれと言われ、緊張する川平氏が言った言葉。

2010年7月20日火曜日

狂気の桜

原始共産制の崩壊ってやつか。子供だろうと大人だろうと、おばさんでも人間が三人よれば政治が始まるってことだ。山口、お前がいくら頭株は要らないって要っても、縦の構造を作りたがるのが人間の特性なんだ。頭株になりたい奴は強い頭株を欲しがる。・・・自分の位置を明確にしないと尻のすわりが悪い人間は一杯いるぞ。

2010年7月15日木曜日

昭和史

最大の危機において日本人は中傷的な観念論を非常に好み、具体的な理性的な方法論をまったく検討しようとしないということです。自分にとって望ましい目標をまず設定し、実に上手な作文で壮大な空中楼閣を描くのが得意なんですね。物事は自分の希望するように動くと考えるのです。

2010年7月10日土曜日

愛と幻想のファシズム

百姓は楽だった、奴隷も楽だった、自分で判断しなくてもいい、…他人がこうやれと言うことをやればいいんだ、…いいか、何度でも言うぞ、百姓と奴隷ほど楽な生き方はないんだ、その証拠に徳川時代を見てみろ、…封建社会は百姓をゴミのように扱かったと歴史の教科書には書いてあるが、そんなの嘘だ、人間は、嫌なことをやっていくと、必ず病気になって、生きのびることができないようなからだの仕組みになってるんだ、…あいつらはその辛い百姓仕事をえんえんと四百年もやってたんだ、…よろこんで、百姓をしてたんだよ、よろこんで奴隷になってたんだ、…百姓と奴隷共は、楽をし続け、かつ大威張りする、制度と手段を考え出した、それが民主主義だ

2010年7月5日月曜日

本当に強い人

本当に強い人はやられてもやりかえさない。
ただ、自分が強いことを知っていて、絶対に屈しない。

2010年6月30日水曜日

正義とは

正義とは
黙っている時と
言うべき時を
判っていること。

2010年6月25日金曜日

仕事に追われないと仕事ができなくなる

仕事は、追われないと追えない 追わないと追われない

デジタルデバイドは最近の事象でもなんでもなくて、昔からあるものなわけで。
仕事の情報は仕事を片付けられるところにしか集まらない。ゆえに仕事に追われないと仕事ができなくなる。昔からおんなじ・・・の意。

2010年6月20日日曜日

会議

仕事で自信をつけるには、会議において他人の発言の単語を書きとめておいて、後で事実誤認でないかどうかを追いかけ、とことん真実を調べ、知ることだ。人の発言に誤魔化されなくなる。そうすれば目的を達成するというシンプルなルールで行動できるようになる。

2010年6月15日火曜日

燃えよ剣

「近藤さんが大名気取りになるのは、まだ早すぎる。天下の騒乱が収まってからのことだ。すくなくとも、長州の討伐をやり、長州をほろぼし、その給料の半分でももらってからのことだ」(あっ)と、沖田はおもった。新選組の真の考えが、そう言うところにあるとは、沖田総司でさえ、初めて知らされる思いだった。

2010年6月10日木曜日

好奇心

やって悪いことはない

2010年6月5日土曜日

コインロッカーベイビーズ

人気があるのは、お前の方じゃないか。ハシはカンナの花を一本千切り花粉を吹き飛ばしながら、そういうことないよ、と言った。僕は話が上手いだけさ、こいつはこういう話をすれば喜ぶだろう、そう考えて話す、疲れるよ、昔からそうだったじゃない?憶えてる?キクは頷いた。ハシは指に付いたカンナの花粉をズボンで吹きながら続ける。よくわからないけど、僕よりキクの方がアイツとちゃんと付き合ったんだと思うな、だって僕あいつをなぐりたかったんだよ。キクは笑った。

2010年5月30日日曜日

天使に見捨てられた夜

私は意気消沈して焼香の列に戻った。もうすでに、数えるほどしか人が残っておらず、寂しくなっていた。家の中に入り、渡辺の貧相な棺の前で焼香していると、多和田と目が合った。その厳しい目つきで、彼もまた私の偽証を知っているのだと気がついた。最近、多和田が現実的で保守的すぎると、私は時々腹を立てていたが、それは私の思い上がりだったのだと恥ずかしく思った。なぜなら、彼はワタシのような失敗は絶対にしないだろうから。

2010年5月25日火曜日

ダーク

翌日、昼過ぎにもかかわらず、山手線内回りは混んでいた。ノートを持った小学生が車両の大半を占拠している。大人たちは棒杭さながら子供たちの間に突き出て、喧騒に耐えるしかない。私も旅支度をした大きめのナイロンバッグを胸に抱えたまま、子供たちの発する日向の犬のような匂いが嫌で、ドアに背中を押し付けて立っていた。ショートカットの女の子がじろりと私の顔を見てから、興味なさそうに中吊り広告に顔を向けた。私は、その怖じない目にたじろいだ。今は他人に何をされても腰が退ける。たとえ、子供でも。傷付けられるのを恐れているのではなく、他人にされる仕打ちに、自分がどうし返すか見当が付かないからだった。それほど、あらゆることがどうでも良くなって、身内で暴力的とも言える嵐が吹き荒れている。

2010年5月20日木曜日

ダーク

役場に勤めていた父親は医療過誤で医者を訴えると息巻き、母親は新しい療法に拘った。やがて久恵の失明が避けられないことだとわかった途端、両親は久恵の運命を嘆くばかりになった。それだけ自分に対する期待が大きかったのだと久恵は両親の変化を疎ましく思った。突然の失明で一番混乱していたのは自分だったのだから。

2010年5月15日土曜日

ダーク

食い物が何だの、着るものがなんだのばっかり言う奴はね、どっか人間として弱いんだよ。

2010年5月10日月曜日

大久保勝也は私の知る限り、虚無のまっただ中でじっとうずくまりながら、動物のように五感を研ぎ澄ませ、自分がのめりこめる対象が目の前を通り過ぎるのを辛抱強く狙っているような人間だった。

2010年5月5日水曜日

雨の化石(贅沢な恋愛)

感傷に浸るのは、大人の男のすることではないなあと、僕は思うのだ。だから、ぼくは、自分の心の内に生まれる甘いしずくのような思いを人に伝えることはない。ぼくは、人前では、ロマンを表すような言葉を用いない。涙ぐみたくなるような感情の霧が内側に広がる時、ぼくは、さっと目をそらす、それでないと、僕と言う人間は、いつまでも、それを味わってしまい呆けた表情を作ってしまうのだ。ぼくは、美しい物が、とても好きだ。美しくて、はかなくて、悲しみを含む故に、喜びを増して輝く、そんなものたちが大好きだ。

2010年4月30日金曜日

ストレンジデイズ

何というバカていねいな言い方だ、と反町は気分が悪くなった。こういう言い方は相手に敬意を払っているわけではない、ただ単に責任を回避しているだけなのだ。わたしは、と反町は二回深呼吸をした後にゆっくりと言った。わたしは確かに何の力も持っていない人間です、スザキさんは世界的に名声のある作家です、でもわたしは然るべきアポイントを得て須崎さんにお会いすることができまして、プロジェクトについて話しました、仕事ですから断られるのはしょうがありませんが、その理由は今後のためにもぜひお聞きしたいと思います、キノシタさん、わたしは間違っているでしょうか?

2010年4月25日日曜日

ストレンジデイズ

やりたいことがわかっているのにどうすれば実現できるのか見当もつかないと言う状況で家族と一緒にすごすのは拷問のようなものだと、反町は思った。自分は一体何者なのかわかっていない状態で、妻や娘と何を話せばいいのかわからない。自分が自分であることについて宙ブラリンの状態なのだ。妻や娘の前では「夫」であり、「父親」でいなければなら内。自分が何者なのかわからないまま、「夫」や「父親」になれるわけがない。それは「夫」や「父親」という立場に依存することになる。

2010年4月20日火曜日

恋とはいつも未知なもの

「あたしがあなたの悪口を言ったらね、『そんなこと言うもんじゃないよ』って、言ってくれるの、『あいつは君のことが本当に好きなんだからさ』って、そういうのって男の人どうしの陰謀だってわかってるんだけど『わかってやれよ、苦しんでいるのはあいつも同じなんだからさ』って言われると、うれしくなってしまうのよね」女の口からやわらかく細い声で『そんなこと言うもんじゃないよ』『あいつは君のことが本当に好きなんだからさ』と語られると優しい気分になる。Dから優しさを感じて無意識の内に演技をしているからだろう。常に演技なのだろうか、とスコッチを舌に乗せながら考える。厳密に言えば、他人の目があるところでは全て演技なのだ。

2010年4月15日木曜日

ナイフ

(エビスくんより)「ゆうこな・・・ゆうべ、なんべんも言うた。せんせが黙っとき言わはっても、喉ぜえぜえさせながら・・・お兄ちゃんのことな、ひろしのこと・・・これからもずうっと、仲良うしたって、友だちでいたってください、て。お兄ちゃん、学校終わっても友達と遊べへんさかい、エベっさんが友だちでいてくれたらええなあ、て・・・」アホや、ゆうこ、アホやおまえ。ぼくはどうしていいかわからなくなって、スリッパで床を踏み鳴らした。なんでそんなことお願いすんねん、いっぺんしか会えんのやぞ、エベっさん、いっぺんしか来てくれはらんのやぞ、お兄ちゃんのことお願いしてどないすんねやアホ。

2010年4月10日土曜日

竜馬がゆく

(あの方の厄介なことは、自分の才能、度胸にうぬぼれきっていることだ)と竜馬は思っている。だから、カサブタのはった「定見」がひどく自慢なのである。家来はおろか、他の大名が馬鹿にみえて仕方ない。(わずかに他人よりすぐれているというだけの知恵や知識が、この時勢になにになるか。そういう頼りにならぬものにうぬぼれるだけで、それだけで歴然たる敗北者だ)竜馬は見ていた。(しかも)と思うのだ。いかに一世を蓋うほどの才知があろうともとらわれた人間は愚者でしかない、と見ている

2010年4月5日月曜日

竜馬がゆく

清河は、才にまかせ奇策を用いすぎた。不満の第一はこれ。それと、人を引きずってゆくときに、人の心理をつかんでいない。だから、事成るという寸前に同志からほっぽり出され、つねに失敗してきている。

2010年3月30日火曜日

竜馬がゆく

よほど大事の瀬戸際でないかぎり、座興の議論などに勝っても仕様がないものだと竜馬は思っている。相手は決して負けたとは思わず、名誉を奪われたと思う。いつか別の形で復讐するだろう。

2010年3月25日木曜日

竜馬がゆく

漢は愛嬌こそ大事と西郷は思っている。鈴虫が草の露を慕うように万人がその愛嬌に慕いより、いつの間にか人を動かし世を動かし、大事をなすに至る、と西郷は思っている。もっとも、西郷の哲学では、愛嬌とは女の愛嬌ではない。無欲と至誠からにじみでる分泌液だと思っている。

2010年3月20日土曜日

竜馬がゆく

竜馬に頼り、竜馬をたてていく事によって薩長の間に割り込んでゆきたい。後藤のこんたんはそれである。だから思想もなにもない。政治家である後藤にとっては思想や節義は膏薬のようなものだ。飲んで語るうちに竜馬にもだんだん後藤のそういう全貌がわかってきた。が、竜馬はそういう後藤を軽蔑も軽視もしない。(回天の大業にはこういう男も必要なのだ)と思いはじめている

2010年3月15日月曜日

竜馬がゆく

長次郎は才士ではあるが、組織でもって協同して事をする感覚が欠けているようである。貧家の秀才で無我夢中で世間の表通りに出てきたものの持つ悲哀といっていい。

2010年3月10日水曜日

竜馬がゆく

竜馬は議論と言うものの効力をあまり信じていない。議論などで人を屈服させたところで、しょせんはその場かぎりということが多い。「利だ」「り?」「利が世の中を動かしている。おれはまず九州諸藩連盟の商社を下関に作る」

2010年3月5日金曜日

竜馬がゆく

男子はすべからく酒間で独りさめている必要がある。しかし同時に、おおぜいと一緒に酔態を呈しているべきだ。

2010年2月28日日曜日

半島を出よ

圧倒的な暴力性をもつ征服者と相対すると、すり寄って行きたくなる誘惑を感じる。ずっと不安に向かい合うのは苦しいから、希望的観測と事実とを混同してしまう。高麗遠征軍も案外いい人たちじゃないか、というバイアスが働くのだ。

2010年2月25日木曜日

半島を出よ

素直に従う子供もいる。だがそいつらは大人が正しいのだと自分で判断して従うわけではない。従うのを拒否すると罰が与えられるのを知っていて、それから逃れているだけだ。大事なのは、今のヒノやタケグチみたいに、やらなければ成らない何かを見つけることだ。何もすることがなければ腐ったものを見続け、腐った大人たちの言うことを聞き続ける事になり、そしていつの日か大人に従い指示通りに生きたところで何の興奮もなく、楽しくもなかったということに気づき、ネットで仲間を募集して自殺するか、ホームレスになるか、あるいはあきらめて大人の奴隷になってこき使われて、それで、一生を終わることになる。

2010年2月20日土曜日

半島を出よ

楽しいというのは仲間と大騒ぎしたり、冗談を言い合ったりすることではないらしい。大切だと思える人と、ただ時間をともに過ごすことなのだそうだ。

2010年2月15日月曜日

柔らかな頬

私の信者にね。こういう人がおるの。もう七十近いおばさんでね。勿論、私より年上なのよ。その人がね、どうしてイエス・キリストが好きかというとね、白人の男の人だからだっていうのね。素敵だからだと。そこから信仰に入っているのよ。でも、私はそれでいいと思う。というか、それがすべてじゃないかと思うのね。

柔らかな頬

私の信者にね。こういう人がおるの。もう七十近いおばさんでね。勿論、私より年上なのよ。その人がね、どうしてイエス・キリストが好きかというとね、白人の男の人だからだっていうのね。素敵だからだと。そこから信仰に入っているのよ。でも、私はそれでいいと思う。というか、それがすべてじゃないかと思うのね。

2010年2月10日水曜日

柔らかな頬

犬なら刑事も同じだ。俺は何に仕えていたのか、と内海は思った。警察組織でないことは確かだった。しかし、その警察組織という実体のないものから誉められたい、評価されたい、という意識は強くあった。いや、それが全てだった。俺はいったいなにをしていたのだ。

2010年2月5日金曜日

柔らかな頬

自分が自分であろうとすることは、このように周囲の人間を悲しませ続ける。

2010年1月30日土曜日

水の眠り 灰の夢

あなたは遅れて入って来た時、ここでは誰も信用しないぞ、という顔をしていらした。後藤さんは盟友のはずなのに、頼るという顔でもない。大概の人間は不安な時は誰か頼る人間を探そうとする。が、あなたは最初から一人でやるつもりだった。なかなかだ、と私は思ったのです。

2010年1月25日月曜日

水の眠り 灰の夢

「何?何がおっしゃりたいの」とこの瞬間も早重は勘を働かせて村野の発言の真意を考えている事だろう。「いいえ。僕の言いたいのはですね。僕の気分にまで、あなたの勘を働かせる必要はないということです」

2010年1月20日水曜日

顔に降りかかる雨

「なんにもしないで食えるなんて、いい身分ですね。そういう生活は金がかかるでしょう」「いいえ。私は自分をコントロールできますから、ほとんどかかりません」

2010年1月15日金曜日

顔に降りかかる雨

夜のドライブが好き。なんだか自分を問われる気がする。おまえは何者だ、そしてどこへ行くのだ、ってね。それを考えながら運転していると、闇の中を進むことが、まるで時間を切り裂いて行進してるような気分になってきて、だんだん元気になるの

2010年1月10日日曜日

顔に降りかかる雨

もしかすると、私と成瀬は似たもの同士なのかも知れない。他人に期待せず、信用もできないくせに、何かを夢見ている。そして、いつか誰からも届かない遠い地平に行ってしまう。「なんて孤独なんでしょう。」

2010年1月6日水曜日

年明けから五日まで、元日を除く毎日、鳥飼は布美子の病室を訪問した。事件の話には一切触れなかった。彼女に質問することもできるだけ避け、自分の話、自分の家族の話ばかりを聞かせ、楽しい話題を選び、時には冗談もまじえ、警戒心を引き起こすような、もってまわった言い回しも避けるように努めた。