2009年8月30日日曜日

座右の諭吉 才能より決断

師を見つける気持ちがあれば、人は見つかる

2009年8月25日火曜日

ブエナ・ビスタ―王国記〈2〉

「自分自身を笑うインテリをどう思う」「不細工。みじめ。そんなところでしょうか」「所詮は評論化って感じかな」「所詮は評論家とは」「批評しかできないんですよ。自分自身でさえも批評の対象なんだ。言葉の奴隷。ばかですね」「救いがたいか」「許しがたいです。殺したいです。どうせ生きてないんだから」

2009年8月20日木曜日

ブエナ・ビスタ―王国記〈2〉

意味がないだけならば、まあ許されもするが、爽快感がない。摂理の内包するべき疾走感がない。あるのはだらけているくせに確実で着実ないやらしい効率だ。

2009年8月15日土曜日

ブエナ・ビスタ―王国記〈2〉

注釈をしておくが私のいうばかとは、小悧巧と同義語である。小賢しさこそがばかの本質であり本体なのだ。

2009年8月10日月曜日

永遠の仔〈2〉秘密

なぜだ。欲しい物は欲しいと言えばいいじゃないか。そうしなかったから、間違ってきたんだ。人を傷付けてきた。そうじゃないのか?
いや。自分の希望や要求といったものを、もう素直には口にできなくなっていたからこそ……代わりの人間や、代わりの物ばかりを求め、他人はもちろん、何より自分自身を傷付けてきたのかもしれない。

2009年8月8日土曜日

関ヶ原〈上〉 (新潮文庫)

昌幸はこのたびのいくさ騒ぎで、取引をしようというより、賭博をしようとしている。かれはいわば名将の器量を持ってうまれながら、その活動場所が信州の小天地であったために、いかほどに働いてもついには小大名の域を脱しきれなかった。このさい三成に加担し、一期の思い出に大ばくちを打って器量相当の国持大名にのしあがるか、あるいは、西軍勝利の後に来るであろう混乱につけ入って、いっそ天下を取ってやろうとも考えていた。いずれにしても、賽を振った以上、ためらいや動揺は禁物、とこの老人は度胸を据えてかかっている。

2009年8月5日水曜日

ヒュウガ・ウイルス―五分後の世界 2

悲しい時にただ悲しい顔をしていても事態の改善はないことを彼らは子供の頃から骨身に染みて学んできたのだ。

2009年8月3日月曜日

阿修羅のごとく

「滝ちゃんはノオが多いよ」鷹男の言葉は、滝子の痛いところをついていた。「これ、きらい。あれはまちがっている。それは嫌、ノオが多いよ」